北海道の田舎発大都会向けニュース

我が家の日常と北海道のど田舎で起きたニュースを勝手に届けます。

私の信仰は弱々しく危ういものなのか、いや違う

 

政治的、宗教的な話題は避けるべきだと一流のブロガーさんはおっしゃるようですが、日常を書いている私には生活の一部ですので何卒ご容赦ください。

 

私たち夫婦が プロテスタント教会 で 洗礼 を授けていただいてからまもなく17年になろうとしています。

皆さんに煙たがられるような敬虔な信者ではありませんし、どちらかというと不敬虔で不良なクリスチャンと思っていただいたほうがいいと思います。

 

今は 日曜礼拝 に集うこともしないし、毎日 聖書 を読むわけでもありません。

神を冒涜しているのか・とお叱りを受けるかもしれませんが、今の私たちの身の丈に合った信仰・と自己流に解釈・実践しています。

自分のため・家族のためよりも、他人のため・世界のために毎朝毎晩祈れるクリスチャンは本当に素晴らしいと思います。

自分たちもそのように強い信仰心を持って生きたいと思いますが、そうもいかないのが実生活でして、苦しみや悪からの誘惑など払いのけても払いのけても付きまとってくるのです。

 

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そんな不良クリスチャンでも何か起きた時には、私たちの主に祈り、救い、祝福を求めます。

自分勝手かもしれませんが、神はそんなことでは怒りません。

それは私たち自らがこの神を選んだのではないからです。 

 

あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。 ヨハネ福音書15章16節

 

1年先に息子が洗礼を受けていますが、高校卒業と同時に洗礼を受けさせて都会に送り出したのは、神に守られた充実した生活ができるように・と私たち二人の切実な願いからでした。

それも オーストラリア人宣教師 から授けていただいたのですから、羨ましい限りです。けっして私たちが日本人牧師から受けたことを悔いているわけではありませんので念のため。

私たちの牧師先生もほんとにいい人で、いいご家族でした。

そのままずっと続けられたらよかったのですが、残念なことに教会を閉鎖することになり、今では年賀状だけが唯一のつながりになってしまいました。

それから別の教会にトライしてみたのですが、やっぱり馴染めずにいまの状況に甘んじている次第です。

 

不敬虔なクリスチャンですが、家には小さな 十字架 があちこちにあります。

車のルームミラーにも十字架のキーホルダーを付けています。

神社やお寺のお守りみたいに、「」で守ってもらえるような日本人的な感覚はどうしても直らないようです。  

 

 

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